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第壱記 復活!実用麗具

床しき、しきたり秘める家の分身、「踏み台」

電球交換に窓ふき、水屋の菓子器へのアクセス等、屋内の様々な高所作業に使われた小さな木器「踏み台」。木造の、特に和式家屋に欠かせない実用品として、かつては方々の家で見られた。様々な形があったが、おおむね四角錐状であったその姿に、懐かしさを覚える人も多かろう。

この踏み台、実は大工から施主に渡されていた「竣工祝」の品という。つまり、製品ではなく、普請の端材を用い、棟梁の監理を受けた徒弟が製作した非売品であった。

一見単純な形状だが、支え板を全て末広がりにする「四方転び」といわれる高度な造作を要した為、徒弟教育も兼ねていたという。そして、家同様、堅材と高い技術で成された頑丈なそれは、その後、施主一家と長く時を共にすることとなる。

後進への配慮と、顧客への感謝―。踏み台は、そんな床しいしきたりを小さな身に秘めた、その家の分身だったのである。

 

古家との親和性、至便の必需品

さて、我が家の踏み台であるが、この家の起源に関わる、そんなドラマを有したものではない。元来の家の備品ではなく、近所の古家解体時に譲り受けたものだからである。元より私は踏み台を持っていなかった。ここに越して来た時から必要を感じていたが、椅子で代用していた。しかし、椅子は高さこそ十分だが、何分大きく、重い。よって、入手は望みの成就であり、早速、家中(かちゅう)で活躍することとなった。

使用してみた踏み台は、やはり至便であった。軽さゆえ、すぐに対応できるのは元より、その大きさは建具や壁を傷つけにくい絶妙なものであった。平らな板底も点加重の椅子とは違い、畳や縁板を保護し、四方転びが発揮する安定性も、今の製品を凌駕するものであった。また、内部に小物が収納出来るという、付加価値も有していた。

しかし、最も感心したのは、その外観であった。常に目につくことを意識した「美しさ」を宿していたからである。

この様に古家との親和性を発露した踏み台は、すぐに我が家で欠かせぬ道具となった。しかし、まもなく重大な問題が発見される。実はこの踏み台、上部の踏み板と、その下の梁棒のみが無垢材で、あとは合板やパーチクル・ボードで作られていた。その無垢材以外の部分に劣化が発生していたのだ。

新材故の劣化、そして復活へ

前述した踏み台の由来通りならば、本来は無垢材以外が使われることはありえない。況して、譲り受けた家は、紛れもない戦前築の古家であった。時代を経て交換修繕されたのであろうか。奥の「離れ」近くにあったものなので、戦後それを増築した時に使われた新建材が用いられた可能性もある。

当初から、合板製である前後板の劣化は承知していた。それなら、何れその部分だけ交換すれば済む話であったが、問題は清掃時に見つかった支えの側板の劣化であった。踏み台の脚部である側板は、その要務を考慮してか、厚めのパーチクル・ボードが使用されていた。その側板下部が、劣化して剥落を起こしていたのだ。

パーチクル・ボードは、スピーカーや家具等に使用される、木屑を樹脂で固めた材である。強度ある大材を安価に、かつ自在に製作することが出来るが、耐久性に劣る弱点を持つ。新材とはいえ、年ふった我が踏み台の問題は、そのパーチクル・ボードの弱点故の必然的帰結でもあった。

側板の劣化は主に下部の内側で起こっていた。それは「見えない」部分、即ち未塗装の箇所であった。外気や水分の影響を受けたのか、状況は深刻で、剥落は疎か、その箇所全体が軟化して、使用中に損壊する恐れがあった。場所柄、材を交換するのは難儀である。しかも、同じ症状である、左右両方を行わなければならない。私は不本意ながら、この踏み台の破棄を考えた。

しかし、作り手の熟思見える、経緯・斜曲の線が成す捨て難いその美容を見て、なんとかこれを復活させることにした。

作業は、極力簡易な方法を採ることとした。劣化している主要材を交換出来ない以上、長期保全を考慮した処置は無意味だからである。

前後合板の交換と側板補強

先ずは剥離劣化した前後の合板を取り外した。台形のそれは、左右・下部の三辺を、多くの小釘を使って念入りに留められていたが、下地側の側板が劣化していたのと、前後板自体が薄材だったので比較的容易に外すことが出来た。

前後板を外したあとは、側板下部の内側、つまり問題の箇所が露呈する為、その修繕となる。当初、剥落を止め、全体を硬化させる為に、油性ニスを問題箇所に染ませて塗布した。手持ちのニスを使う硬化策であったが、結果はうまくいかなかった。よって、薬剤硬化策は諦め、箇所の形状に合わせて切断した合板を添える、補強策を採ることとした。

補強合板は、9ミリ程度の厚めのものを使用した。新品の端材で、知人の廃棄予定品を譲り受けたものである。これを木工用接着剤で問題箇所に貼り付けた。側板に付けられた中蓋用の桟と、下板との間に収まるよう、寸法を合わさなくてはならないのが、少々難儀である。接着に際しては、接着剤を側板と補強材の両面に塗布し、バイス(万力)で圧着して丸一日以上静置した。

こうすることで、補強材を強固に側板に添えることが出来る。もちろん、バイスの接触面には傷防止の当て木を添えた。

なお、バイスは、以前百円ショップで入手したものを使用した。修繕や小工作等で活躍の機会は多いので、幾つか用意しておくと便利だ。特に、留溝で顎を素早くセット出来るスピードタイプがおすすめである。

側板の補強が終わったら、新しく用意した前後板を取り付ける。元のものは、厚さ3ミリ程の薄材だったので、全体の強化を図って5ミリ材に変更した。これも、補強材と同じく知人よりの譲り受け品である。取り付けは、元の小釘を使用した。下地の劣化が顕著で、掛かりの浅い箇所のみ、少し長いものを新しく用いた。下地である、側板端面の強化を兼ね、接触面には木工用接着剤を塗布してある。

採寸等の作業で気付いたが、各所はかなりの精度で作られていた。やはり、本職の手によって成されたのは確実のようである。

古家風情への回帰、再塗装

こうして、当初必要としていた補修は終わった。しかし、前後板は白木のままである。外から見えない補強板はさておき、これには何かしらの処置が必要である。当初は、元の塗色である灰色で、全体共々塗り直すことも考えたが、古家風情に合う新たな色に変更することにした。

恐らくペンキ塗と思われる、元の色の下には、黒色と朱色が覗いていた。元は黒漆調であったのが、内装の洋風化に伴い、それに合う灰色に塗り変えられたのであろうか。とまれ、現状は、やはり畳や座卓には似合わない色であった。

再塗装に使用したのは、濃茶色のラッカースプレーである。以前、他所の修繕用にホームセンターで購入したものである。かつて、オールド・ギターやクラッシック・カーの仕上げにも使われていたニトロセルロース(硝化綿)系で、乾燥が速く、仕上がりが美しいという特徴を持っている。古家風情を演出するには最適の塗料である。

値段は300ミリリットル200円前後。スプレー式の為、刷毛やうすめ液等の用意も不要で、小面積の使用なら、かなり経済的な品でもある。

しかし、ラッカーには有毒な有機溶剤が含まれている。完全に乾燥すれば問題ないが、それまでは放散を続けるので注意が必要である。特に塗布時は激烈である。屋内での作業は避け、マスクや手袋を用いたい。また、隣近所への影響も注意すべきであろう。

本来は塗布前に古い塗装を削ぎ落す下準備を行うのが普通だが、今回は簡易修繕の方針通り、清掃のみを行い、そのまま塗布することとした。無論、合板の白木面は300番前後の細目の紙ヤスリで下仕上げを施した。

塗布は、全体的に作業し易いよう、小さな台に載せて行った。庭に古新聞を敷いてである。全体に約2回吹き、そして細部を検査し、乗りの浅い箇所を個別に補った。作業中とその前後には、埃を立てて塵が付かないように注意もした。

乾燥時間は、温暖な日で凡そ30分。これが2回と、プラスアルファなので、作業時間はさほどかからない。しかし、前述した通り、臭気が抜けるまでの2、3日は、戸外に放置した。

復活、“実用麗器”

こうして全ての作業が完了し、修繕は終わった。補強と塗膜のおかげで、踏み台の堅牢と信頼性は蘇った。少なくとも、数年は安泰であろう。セルロース・ラッカーによる仕上りも上々である。落ち着いたその色合いは、家の何処に置いても様になる。

一時は危急にあった我が踏み台は、無事活躍を再開した。装いも新たに……。小さくも存在感ある“実用麗器”の復活に、何故かしら心浮く思いである。

頻繁に使用する踏み台は片付けることが出来ない。その為か、常なる視線を意識するが如き美しさを持っていた。中蓋を引き外せば収納となる実用性も秀逸。
交換の為、外した前板。合板特有の剥離が見られる。塗色の灰色は、もと全体に塗られていたもの。
木屑を樹脂で固めて作られるパーチクル・ボード。安価で至便だが、耐久性に劣る。特に水気には弱い。
側板の裏面。画像では判り難いが、中蓋用の桟と、下板との間に補強材(白っぽい部分)が圧着してある。
市販のニトロセルロース・ラッカー(スプレー式)。溶剤に毒性があるが、仕上りが美しく、古物との相性もいい。今回使用したのは、向かって左側のもの。
今の家屋にはまず合わない暗色の仕上げだが、塗柱や古建具ならぶ和式の古家では様になる。
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