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第肆記 創製!町家サラウンド

エンターテイメントにまで対応しうる古家の懐深さ

町家・古民家等の古家、即ち伝統的和様家屋の特色の一つに、部屋の用途に対する決まりの緩さが挙げられるであろう。設置・撤去が自在である、布団や卓袱台(膳)の使用と相俟って、状況により適宜食事場や寝室を変更出来る構造上・思想上の柔軟さの保有である。

無論、奥の間(客間)や佛間のように、「床の間」や「佛壇」付きの格式故に半ば用途が固定化している部屋も存在するが、変更されうる「不確かさ」の如きは温存されている。

また、その特色の延長として、間仕切建具を外すことによる部屋の一体化も挙げられよう。一面畳敷きの用途不定間の仕切を外せば、ほぼ段差ない広間が出現する。それは、炊事場等を除く同階全ての住空間を合わしうるものである。

この一体化の意図は、家人以外の大勢が会する事態、即ち、公的行事である婚儀や葬儀、寄合等への対応にあった。普段使いから、特別・緊急時への幅広い対応。つまり、住人の生活(人生)に於ける、褻(ケ)から晴れ(ハレ)までのほぼ全ての事態を想定した設計であった。

驚くべき工夫と発想、「ひかえの間」  伝統家屋の、よく知られた屋内構造的特色は以上の如きであるが、その他にも意外な特色が存在する。それは「ひかえの間」の存在である。私がそれを知ったのは、10年程前に訪れた北陸の小京都金沢においてであった。

諸芸の庇護者、前田本宗家の城下町金沢には、「ひがし茶屋街」という古式の茶屋並ぶ遊芸街がある。現在、国の保存地区にも指定されているここに、江戸期の建築・遊芸文化をそのままの姿で伝える公開茶屋「志摩」がある。その2階で「ひかえの間」と出合った。

芸妓による遊芸等を楽しむ場所であった志摩の客間は3室ある。「床の間」を備えた格式あるそれには、それぞれ小部屋が付属しているが、それが「ひかえの間」であった。そこでは芸妓らによる諸芸が披露されたという。「ひかえの間」は客間の床正面に設けられている。床を背にする客とを隔てる4枚戸のうち、中2枚が開くと観覧の開始であった。なんと「ひかえの間」は各室専用に用意された座敷内ステージだったのである。

一般町家と殆ど変わらぬ規模に於いて成された、この工夫と発想に私は驚かされた。そして、和様建築文化の柔軟性と奥床しさに感心させられたのである。この「ひかえの間」を舞台として用意する間取りは、金沢に限らず他所の茶屋にもみられる標準的なものだという。一般的な家屋にはない特殊なものともいえるが、実施が容易で、間取り的にも十分その可能性を秘める家も多いことから、伝統的和様家屋の特色の一つとして見做せよう。

見切られ始めた「戦後新思想」と、古家復権の可能性  日常の起居の場と同一線上にありながら、冠婚葬祭や果てはエンターテイメントにまで対応した古家の懐深さ。往時に比して生活は大きく変転したが、未だそこには多くの可能性が秘められているのではないか……。

今、築30年前後の戦後物件の建直しが盛んだという。その主たる「動機」は、老朽化ではなく、固定壁による部屋分けの「融通のきかなさ」であるという。屋内の小分けとその固定化は、戦後の我が国住宅設計思想の基本である。建直しの動機がそれよりの離反にあるとすれば、これからの時代に適うとされていた、この「新思想」が早くも見切られ始めた事を意味するのではないか。否、というより寧ろそうした様式が結局の処、我々の生活に合わなかったと見るべきではなかろうか。

長い年月と風土、そして暮しに育てられた古家の造り。一時は全否定さえ受けたその「懐深さ」が復権するのは、そう遠くない事なのかもしれない。

 

古家にエンターテイメント。果敢なる創造「町家サラウンド」

小居ながら、わが古家も3室並びの伝統的「続き間」形式を有している。よって、やはり仕切建具を外せば一体空間が生まれる。勿論、冠婚葬祭に用いるにはあまりに狭小だが、そこそこの人数での寄合・宴席は可能である。また、歌舞音曲にも対応出来なくもない。ただ、この場合は近隣にも生演奏が響くという、好ましからざる状況が現出することとなる。

しかし、このユニークなエンターテイメントの発想、何とか現代生活に取り込むことは出来ないだろうか。そこで思いついたのが、「町家サラウンド」である。

そもそも部屋内で気軽に演芸を楽しむには、AV機器を使用した録画・録音源の視聴がある。しかし、スピーカー2基のステレオ式ではどうしても臨場感に劣る。そこで考案されたのが更にスピーカーを増し、残響を豊かに再現させるサラウンド・システムであった。知っての通りサラウンドは、誕生から既に30年以上経ている為、広く一般に知られている。また、機器も数多く市販され導入も容易である。

しかし、その形状や色合いに、古家に適うものは殆どみられない。だが、ここで諦めては古家暮しの名が廃る。無いなら果敢に創造するのが正統であろう。何故なら、商品経済に呑まれる前の我々祖先、即ち古家先住民達もそうであったからである。こうして始められたのが「町家サラウンド」の製作であった。

資材調達。「古家に相応しい由緒あるものたちの再利用」  先ずは資材調達である。とはいっても、サラウンド出力を備えた古いオーディオを所有しているので、実際に用意するのは、それ用のスピーカー部材のみである。古家に合うスピーカー素材といえば、やはり木材に勝るものはないであろう。

よって板の調達となるが、これは、以前炊事場床下を清掃した時に出たものを採用した。日焼けや積年の埃により薄汚れ、朽ちかけ状態であったが、洗えば案外良い無垢材だったので保管しておいたものだ。どうやら、以前住んでいた大工氏が資材として置いていたもののようである。正に漸くの「日の目見」であるが、これでこの古家に相応しい由緒ある主材が用意出来た。

内部を構成するスピーカーユニットも、以前実家から出た大型テレビの廃品を利用した。高域用と中域用の2種1組のステレオ用で、内部に組み込まれていたものであるが、その形状の面白さから、何れ再利用しようと保管していたものである。内部接続用のケーブルもオリジナルを再利用した。

あと、それらとオーディオとを繋ぐ外部ケーブルや端子、プラグ等は、電子部品店やホームセンターにて購入した。単価はそれぞれ数十円程である。また、木部用のネジ類は、家内在庫になかった2種を購入したが単価は百円前後であった。

「目障り、足障り」を考慮した和室専用設計  主材が既に決まっている工作なので、自ずと設計は資材調達後となった。設計の根本思想は、「目障り、足障り」にならないことである。そもそもオーディオと和室は相性が悪い。なるべく離し置くことが良音の条件であるスピーカーが、人の移動ルートたる「動線」に干渉することが多いからである。よって極力そのサイズを小さくすることとした。

本来はケースをなるべく大きくした方が音は良くなるが、ここは生活優先でいく。既に設置してあるメインスピーカーも「ブックシェルフ型」と呼ばれる小型のものである。

しかし、小さくすると当然背丈が低くなり、音が聞きづらくなる。スピーカーには音の放散特性「指向性」といったものがある。その指向性の中で最も良いリスニングポイントはスピーカー正面なので、リスニング時の耳の高さにそれを設定した方がいい。一般的にはその為に支柱や台座を用いるが、それでは重心低い和室では「目障り」となる。

そこで、今回はケース正面をカットしたデザインを採用し、それにより生じる上向きの角度を利用して台座なしで効率よく音を耳まで届けることにした。

スピーカー・ケースの製作  製作はケース部材の切り出しからである。用意した板に、設計通り鉛筆等でケガキ線を入れ、切断する。直線部は平鋸、曲線部は糸鋸を使用した手作業である。曲線箇所である、スピーカーユニットが顔を出す窓部分は、初めにケガキ線上の一所にドリルで穴を開け、糸鋸の歯を通してから鋸引きした。また、裏蓋には本体との接合故に端面が斜角となる箇所が出たが、小刀と棒ヤスリにて対処した。

部材の切断と端面調整が終れば、木工用接着剤にて貼り合わせを行う。接着後は、ズレないよう気をつけながらバイス(万力)で圧着して、一日以上静置して固着させた。裏蓋は、中の保守に備えて脱着可能なネジ式とするので待機となった。

そして固着後は、耐久性を考慮して木釘を仕込んだ。3ミリ程の下穴を構造要所に開け、先を尖らせた同径の丸棒を挿し、余り出た箇所を切断するのである。その時、穴内に接着剤を塗布した。

ケースの接合が確かになったので、裏蓋の嵌合具合を更に調整した。また、ケース正面に元々開いていた釘穴があったので、切り屑と新漆を混ぜ合わせたもので充填した。少々目につくが、これも「由緒」の一つなので許す。

そして最後に300番前後の細目の紙ヤスリで全体を研磨調整した。本来は、仕上げに塗装工程を入れた方が、表面が固まり、音暴れが少なくなるようだが、建具や畳等との調和を優先してそのままとした。

ところで、ケース加工時、材から独特の香りが発せられるのに気づいた。少しヤニ気のある香りで、個人的にはあまり好みではないが、以前どこかで嗅いだものである。研磨で確かになった木目と共に、思い至ったのが「屋久杉」である。今、銘木のイメージが強い屋久杉は、その昔、水に強いその性質を利用して、屋根回りの建材として多用されたという。定かではないが、その木理の様から、国産の何らかの材であることには違いないであろう。

内部造作  ケース加工が終ったので、次はいよいよ内部造作である。先ずはスピーカーユニットを木ネジで留める。ケース窓からの覗き具合を確認して位置決めし、錐で下穴を開けたあと施すのである。板に確実に密着させ、緩みが無いようにする。緩みがあると箱鳴りせず、却って雑音も生じて音が悪くなる。

なお、木ネジとユニットとの間には、座金の他、バネ座金(スプリングワッシャー)も入れてある。これは音等に因る使用中のネジ緩みを防ぐものである。些細なものではあるが、あとを考えると重要な処置である。

裏板にはオーディオとの接続用端子を取り付けるが、今回はネジ接続に加えてバナナ端子対応のものを採用した。安価なものではあるが、市販スピーカーでは殆ど高級機種でしか採用されないものである。音質がどうなるというものではないが、ちょっとした拘りを表明したい。

加工は、裏板に相応の穴を開け、予め取付けネジや絶縁体を外した端子を挿入して挟み留めした。安全の為、電流の流れる金属部が板と接触しないようにすることが肝心である。

電気的仕様の確認と配線  内部部材の固定が終れば配線である。ユニットの結線は、端子にケーブルを直接ハンダ付けするのが確実だが、今回は再利用ケーブルに専用接続端子が付いていたのでそのまま嵌合接続した。裏板の端子側は接続部がネジ式になっているので、ケーブル先端に圧着した丸端子をそこに挟んだ。そして、何れの接続箇所もビニールテープで被覆し、絶縁対策を行った。

大した電流は流れないとはいえ、一応出力(電力)線なので万全を期したい。出来れば、熱収縮によって外れ難くする専用の絶縁チューブを使用したい。

ところで、こういった電気工作をする場合、部品の電気的仕様が問題になる。その部品に一体幾らまで電力を印加出来るか等の確認は、安全上避けられないからである。

方法としては、オーディオの仕様書で出力される最大電力(W)を確認し、余裕ある部材を選択する。選択を誤れば、最悪スピーカーやケーブルの焼損も発生し、火災さえ起こりうる。ただし、今回のような10ワット程までの小ユニット用の出力系なら殆ど気にすることはない。

インピーダンスの出入力整合  あと、スピーカー工作で避けられないのがインピーダンスの出入力整合である。インピーダンスとは、交流系であるスピーカー回路内の電気抵抗である。詳しいことは専門書に譲るが、このインピーダンス値を出力側(オーディオ)、入力側(ユニット)とも同じにしないと効率が下がり、場合によれば音質に影響するのである。

具体的にいうと、オーディオ側に記されている出力インピーダンス値と同じ値のユニットを接続する。今回は1ケースに高域用140オームと中域用6オームの2ユニットを並列接続したが、この場合の入力インピーダンス(R)は、以下の並列抵抗算式から求められる。

R = 1 / ( 1 / R1 + 1 / R2 )

R1に140、R2に6を代入して計算すると、Rは約5.75オームとなる。今回は出力側が8オームなので、入力側が低インピーダンス状態となる。この場合、アンプ側で電力損失が起こり、予定される最大出力が出なくなるが、この程度の損失なら実使用にあまり問題ないだろう。ただ、著しい不整合は音質低下やアンプへの負担を大きくするので避けたい。

配線が終れば、裏蓋を閉めネジ留めする。板面に突起が出ないよう、頭が平らな「皿ネジ」を使用した。皿ネジは、頭部が入り込む「皿穴」を専用ドリルを用いて掘らねばならないが、大きめのドリルの刃先を使って代用した。ネジ留めが完了すると、スピーカー部の完成である。

オーディオとの結線  最後はオーディオとの結線である。サラウンドスピーカーはオーディオから遠く離れた部屋隅に置かれる。よって長い接続ケーブルを部屋内に渡さなければならない。美観や引っ掛け防止に配線カバーを使用したが、ホームセンター等で販売されているものを必要に応じて切断するなどして用いた。古家に合う茶色のものを用いたが、場合によれば着色しても面白い。

こうして配線カバーに収められたケーブルは目立たぬ部屋隅に配した。一部には電気絨毯等の配線も共仕込みされている。ケーブル端は、スピーカー側に丸端子を圧着し、オーディオ側にピンプラグをハンダ付けした。そして、それぞれを相手側端子に挟入・挿入して接続した。なお、左右の音チャンネルは、対向するメインスピーカーと合わせた。

古家の懐深さとも共鳴する新しい「概念」の誕生  遂に「町家サラウンド」が完成した。古家の為の、そして和室の為の特別仕立てである。特にスピーカーは、今時珍しいほぼ純国産素材使用の、贅沢な品ともなった。そして、壁に寄り添う小身は動線を阻害せず、柔らかな無垢身は見た目にも優しい。

では、早速オーディオを稼動させ、その成果を試してみよう。電源を入れ、サラウンドアンプも稼動させる。これまでなかった背後からのステレオ音により、部屋中が音に包まれた。小柄故、低域こそ出ないが、まずまずの成功である。音量や遅延時間等の調整も自在。またサラウンドとしてではなく、片チャンネルのみでの稼動や、深夜用にサラウンドスピーカーのみでの稼動にも使えそうである。

こうして、長唄・小咄等の和物は勿論、様々なエンターテイメント音源を我が家で擬似再現可能になった。実はオーディオには小型ミキサー(多音源統合機)も接続されているので、実際にマイクや楽器を用いた軽いライブ演奏も可能である。サラウンドと併せて、ちょっとした部屋内PAシステムの誕生とでもいえようか。 先達に倣い果敢に創造した「町家サラウンド」。古家の懐深さとも共鳴するその新しい「概念」は、また一つそこに於ける可能性を示してくれたのである。

スピーカーケース部材。本体は10ミリ厚、裏蓋は6ミリ厚の材を使用。前に並ぶのはネジ類。
スピーカー内部部材。上に見えるのが中域用ユニットと高域用ユニットと外部ケーブル(左から)。中ほどの小品は接続端子とピンプラグである。下は外部ケーブル用の配線カバー。
部材を切り出した古板。洗っても黒ずみはとれないが、仕上げに表面研磨を行うので、また新しい肌を得られる。
裏蓋とケース本体。本体は4枚の材を貼り合わせている。
バイスによる圧着。本体に傷をつけないよう、金具接触面に別板を当ててある。
木釘の挿入。余った部分をカッター等で切り取る。
木釘が仕込まれたケース。金具使用とは違い、実に柔らかな印象である。
内部造作および結線の完了。裏蓋の、端子対向端に見える掘込みは高域ユニットとの干渉逃しである。
ユニット端子部拡大写真。画像では見難いが、両ユニット共、今や希少な「JAPAN」の文字が入る。
完成した「町家サラウンド」。その頭文字をとって「MS0」と名付けた(0は試作機の意)。定価¥49800(ペア)といったところであろうか(笑)。 因みに、画像では判別出来ないが、切り出しの関係で左右のケースはそれぞれ違った木目仕様になっている。それは裏蓋以外の4面共に統一されており、一方が柾目で、もう一方が板目となっている。これも細やかな拘りである。
システム配置図。この部屋の主動線は左側の両スピーカーを結ぶ線に近い。ミキサーとコンポ(オーディオ)が収まる空間は「床の間」である。
部屋隅に配備された「町家サラウンド」。場合によれば、天地逆にして天井隅に吊るす使い方も出来る。
稼動中のサラウンドアンプ。部屋中が音に包まれた。
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